蕎麦打ちのすすめ
 

 ご存じのように、そばはたいへん優れた健康食品で、 良質のタンパク質やビタミンB11、B2を含んでいる他、ルチンも多いため、 体内の血液をきれいにするという作用を持っている。
 近年、趣味で手打ちそばを楽しんでいる人が多い。おいしいそばを食べる条件に、挽きたて、打ちたて、ゆがきたての三たてがあるといわれている。 家庭でそばを打つということは、そば粉の挽きたては無理にしても、あとのニつの条件を満たすことができるのである。
 そば粉を木鉢にいれて、水を入れる水回し→こね→もみ→長い麺棒でのばすのし→切るという工程で仕上げていく。 もちろん最初から簡単にはいかないが、やってみればそうむつかしくもない。天候によって、水とそば粉の割合も多少ちがってくるが、 そこは習うより慣れろである。
 たっぷりと沸かした熱湯の中で、切ったそばをゆでる。打ちたてのそばはすぐにゆで上がる。冷水ですばやくさらして水を切る。 そして、ざるに盛りつけて出来上がり。

 そばは年中食べられる食物であるが、一番おいしい時期は秋から冬にかけてである。
 秋、そばの花で畑が一面真っ白になる。三田でも高平や志手原でこの美しい風景を見ることができる。 その小さな花が枯れ、茶色のテトラポット型の実をつける。これがそばの実である。
 収穫した新そばの実を曵いておいしく味わえるからである。 そばの実の大きさは米粒ほど、その実を指でつぶしてみると、中から真っ白な粉がでてくる。これが更科である。
 そば屋ののれんに「更科そば」の文字を見ることがあるが、更科とはそばがらの入らない純粋のそば粉のことである。 更科は白いので、そばは黒っぽい方がそば粉の割合が多いように思われるが、それは大きな間違いである。黒っぽいそばにはそばがらなどが混ざっている。
 そばは種を巻いてから75日で収穫できるといわれている。枯れた土地でも実を結ぶという優れた作物である。昔は、稲が順調に育たず、 収穫を見込めなかったときにはすぐにそばを植えて、食料を得ていたという。先人の知恵と言えるだろう。

 
 

 同じそば粉を使っても、その時の気温や湿度によって水まわしの加減がちがってくる。のばしもそば職人さんのようにいつも同じにはいかない。 そのところが微妙で楽しいのである。
 そして、そばには文化がある。そばは七千年前から始まったという、驚きの歴史をもつ食べ物なのである。
 わが国へは中国雲南省から伝わり、 今から約三千年前の縄文時代晩期に栽培が始まったとされている。現在のように延ばして細く切って食べるようになったのは江戸時代かららしい。 江戸時代中期に発明された割りばしがそばをたべやすくさせたのか、江戸は蕎麦屋が六千軒ぐらいあったといわれている。
  また、そばは五穀(米、麦、粟、きび、豆)に入っていないので年貢米を収め、食べるもののない農民たちのだいじな食糧となっていた。 現在でも修行中の寺の僧には五穀ではないということで、ゆるされている食べ物である。
 このようにそばには興味深い話がたくさんある。  でも、何より蕎麦打ちに引かれているのは、あの打ちたて、ゆがきたてのおいしさにほかならない。

 蕎麦の収穫は秋である。一般に新蕎麦が出回るのは晩秋であるから、蕎麦が一番おいしいのは冬である。
 しかし、暑い夏には冷たいざるそばがおいしい。夏に冷たい水でシャキッと仕上げられた蕎麦をよく冷えたつゆで食べる。これもまた格別である。ピリッと舌をさすような夏大根のおろしが添えられたらもうごちそうである。左党の人はここに冷えた日本酒でもあれば暑さもどこかへ行ってしまうことだろう。
 ざるに盛り付けられた蕎麦がおいしいかどうかは蕎麦の艶を見ればわかる。この艶を作るのは最後の水洗いの作業である。茹で上がった蕎麦を水洗いするのは、 ぬめりを取り除くだけでなく、蕎麦の腰を作りしなやかで身の締ったものに仕上げるためである。 蕎麦の艶をひきだすのもこの水洗いのなせる技である。 また水はできるだけ冷たい方が仕上がりはさらによい。夏には氷水を用いるのがよいだろう。
 蕎麦を茹でた後の湯が「蕎麦湯」である。蕎麦猪口に残ったつゆに蕎麦湯を入れて味わう。たかが茹で汁であるが蕎麦の香りもあり、美味である。 これも手打ちならではの味わいである。
 蕎麦は多くのビタミンを含んだ食べ物であるが、ビタミンは熱に弱い。つまり蕎麦湯にはビタミンが溶けているのである。 蕎麦湯は薬効的にも優れたものと言える。蕎麦を食べた後、蕎麦湯で締めくくる。手打ちの蕎麦は二度楽しませてくれる。

 
 

 蕎麦を食べるのになくてはならないのが「そばつゆ」である。市販されているそばつゆを使えば簡単だが、自分で打った蕎麦にはつゆも手作りしたい。 つゆの作り方は単純だが、少々時間がかかる。
 つゆは「かえし」と「だし汁」を合わせて作る。かえしはしょうゆ、砂糖、みりんを煮てから1週間ほど寝かせる。加熱し熟成させることで、 しょうゆ独特の辛さがとれ、まろやかさが生まれる。
 老舗の蕎麦屋では、かえしは陶製のかめに入れて、土の中で寝かすと言う。だし汁は水と鰹節でとる。 かえし1に対して、だし汁4ぐらいの割合で合わせあものを二日程おく。しょうゆ、砂糖、みりん、鰹節が渾然一体となったうまいそばつゆが出来上がる。
 蕎麦打ちは、蕎麦粉に水を加えた時から、時間をおくことなく切りまで仕上げるが、そばつゆは熟成という時間をかけることで旨味を引き出される。 この正反対の工程で出来上がったものがひとつになって、口に入る。蕎麦はやっぱりおもしろい食べ物である。

 日本では大晦日に年越しそばを食べる風習があるが、どうして大晦日にそばを食べるようになったのか、調べてみると・鎌倉時代、 年の瀬を越せない町人にそば餅を振る舞ったところ、翌年からみな運気が向いてきたため。・三角形は邪気を払う力を持つと信じられていたので、 ソバの実の形が縁起よいとされたため。・そば切りは長く伸びるので、長寿や体が細く長くのびるようにと願うため。・金銀細工師が散らかした金粉を 寄せるのにそば粉を使っていたので、金を集めるという縁起からなど諸説いろいろあっておもしろい。
 日本人の古代の考え方では、一日の始まりは夕方からと考えられていたので、除夜の鐘の音を聞いて食べる年越しそばは「元旦そば」でもある。 現在でも正月の雑煮の代わりにそばを食べるところがあるという。
そばを食べることが広く普及したのは江戸時代中期からぐらいだが、年越しそば以外に、雛そば、棟上げそば、引っ越しそばと庶民の生活をそばは地味な 彩りながら添えてきたようだ。
蕎麦打ちは、やればやるほどおもしろくなってくる。いっしょに蕎麦を打ち、いっしょに食べる。
 また、蕎麦の本を読み、蕎麦を食べに出かける。蕎麦は私達に多くの出合いを作ってくれる。もっともっと蕎麦打ちの仲間が増えることを願っている。

 

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